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【主な合格校】渋谷渋谷、渋谷幕張、市川、栄東
【進学先】渋谷渋谷中学

​<Sさんのお母様より>

先生のところへご連絡させていただいたのは、6年の6月頃、初めてのサピックスオープンを受験した後でした。

算数の偏差値が50ほどで、広尾学園、渋渋などの共学を志望しており、なんとかなりませんか?と。

すぐに面談をして頂きましたがレギュラーの枠はすでになく、

最初の授業は中数を仕上げてから行う不定期の枠でした。
当初は2週間に一度のペースで仕上がるのか、また初めての個別オンラインの授業の不安がありました。

がしかし、初めての授業でそれらの不安はすべてなくなりました。
先生の授業は効率が考えられていました。
間違えると、その答えからいくつかの質問だけで、どこで間違えたのか、またどのように正解にたどり着くのか、

再度質問して頂きながら何度も自分で考えて正解をだす授業でした。
解説はスクリーンショットで保存。復習もしやすかったです。
2時間の授業で多岐にわたる分野をカバーして頂き、数多くの問題に触れ、弱点をあぶり出して頂きました。
いつも授業後には、今日も2時間でこんなに解いたの!?
とその効率の良さに驚くばかりでした。それは当時の娘1人では絶対無理な量でした。

授業後の面談では、改めて勉強法を教えて頂きました。
扱う全ての問題に制限時間の設定があり、時間内に解けなかった問題は✖️。

その為、復習や中数をやり込む際に1問にかかる時間を意識することがこの段階から身につきました。

初めての中数の確認テストでは、対平均を大きく下回りました。
あの時から娘に決意のようかものが生まれた気がします。
先生の受け持つ優秀な生徒の方々に少しでも近づくために中数を2週間で何回まわせるか、

テストで平均を超えることを目標にしました。

6年の夏頃、もう今更この時期に何をすれば。。と途方に暮れていたのが嘘のように、

時間を惜しむ日々となりました。
気づけば9月になり、当時通っていた小さい塾に通うより家でやる方が効率がいいと判断。

在籍は一応したままでしたが、通塾を一切やめました。

塾がなくなると時間ができ、算数の復習時間が沢山持てました。
とはいえ、サピックスオープンの偏差値は渋渋には届かず、同じことをただひたすらにやり続けるという、

まだ12歳の娘には苦しい苦しい数ヶ月でした。

結果の出ないときも、熊野先生はいつも同じでした。
中数をこのまま解き続けて下さい。と穏やかに仰り、私もそれを信じて、娘に寄り添い見守る日々でした。

気づけば、三年分の中数が終わり、1月までにはそれらも5-10回ほど全て回していました。

先生のアドバイスから、学校別の模試を遅ればせながら沢山受け、そちらも本番に備えられました。

我が家は受験の決意が遅く、それもあって塾選びも振り切ることができずに

娘には回り道を沢山させてしまいました。

しかし、6年のギリギリのタイミングで、先生と出会い、志望校に合格を頂けたのは、

先生のブレない適切なご指導があったからこそと確信しております。

短い間でしたが、先生のおかげで親子共々とても素晴らしい受験期間を過ごすことができました。
深く御礼いたしますの言葉しか見つからず、先生には感謝しかございません。

<Sさんより>

私が熊野先生の授業を初めて受けたのは6年生の6月でした。

兄が共学に行っていることもあり私立の女子校の小学校に通っていましたが

受験をして共学の学校に行きたいと感じるようになり受験を決意。

渋谷教育学園渋谷中学校を第一志望に決めました。

 

当時算数塾に通っていたため算数が得意という意識を持っていたので

6年生で初めて受けた模試の結果に家族で驚愕。

6年生の4月に受けた第一回四谷大塚合不合判定テストでの算数の偏差値は52.2、国語61.2、

理科59.5、社会57.5で総合は58.4でした。

 

もちろん偏差値68の渋渋はE判定、広尾学園、豊島丘女子学園、

一月校受ける予定だった浦和明の星女子中も全てE判定でした。

そして何より得意なはずの算数で足を引っ張り、

国語でなんとか点を稼いでいるという状態にショックを受けました。

また、慌てて受けた第二回志望校判定サピックスオープン(6月)は

算数偏差値52.2、国語59.1、理科63.1、社会50.8、総合57.3というまた厳しい結果となりました。

渋渋は合格判定もちろん20%、かろうじて広尾学園(2/1午後)80%、豊島丘女子(2/2)60%、渋幕40%でした。

 

もともと通っている小学校の附属の中学校よりも偏差値が低い学校にしか行けないようなら

受験はやめた方がいいと両親に言われ己の不甲斐なさに悔しい思いをしました。

そんな中母が焦りオンラインで見つけた素晴らしい算数の家庭教師だという先生が熊野先生でした。

一体どこからこんな先生を見つけてきたのだろうと最初は不思議な気持ちと

この先どうなってしまうのか不安な気持ちでいっぱいの中初回の授業を受けました。

 

実は熊野先生の第一印象は「なんか怖い」でした。

しかしすぐにその印象は塗り替えられました。淡々とした安定感のある授業、常に冷静な分析。

その2時間は人生で一番効率的な勉強時間で、家族で熊野先生のファンになってしまいました。

私には程よく緊張感のあり新しいことをたくさん得ることのできる学び多い濃い授業が毎回楽しみでした。

 

しかし大変なことが待っていました。

二週間に一冊中学への算数の日日の演習の部分を授業の前に完璧にしていかなければなりませんでした。

初めは慣れておらず確認テストでは悪い結果となってしまい落ち込みましたが、

何度かやっていくうちに自分に合う勉強法がわかってくるようになりました。

そこから私の算数の成績は驚くほど上がっていくこととなります。

 

先生の言う通り中学への算数の日日の演習を淡々とこなす日々。

12月までは算数に全振りで他教科は全くやっていませんでした。

9月からは通っていた塾に行くのをやめました。

心細い気持ちでしたが、理社は個別に切り替え、算数は熊野先生を信じてやっていれば大丈夫!!

と親子で思っていました。

受験直前の模試での結果は驚くほど良くなりました。

算数偏差値64.9、国語57.0、理科55.9、社会60.2、総合62.4。初めと比べ総合は偏差値5.1アップ。

算数はなんと12.7もアップしたのです!!

やっと偏差値60の壁を破り跳ねて飛び上がるほど嬉しかったのを覚えています。

 

そして1/10、初めての入試の栄東中があっという間にやってきました。

12月、1月は理科や社会はサピックスのコアプラスや四谷大塚の四科のまとめをただひたすら回しているだけで、

国語なんかは漢字以外なんの対策もしていませんでした。

 

ホテルに泊まり受けた栄東の第一印象は「広い!」。流石埼玉!!と思いながら

比較的校内を楽しみ入試を終えました。

続けて1/11の栄東も受け、どちらも1/10東大クラス、1/11難関大クラスに合格を頂きました。

ふう、と気の休まることなく千葉突入。1/20市川、1/22渋谷教育学園幕張中学校を受験しました。

渋幕ではお弁当を持参するのですが、ホテルに作っていただいたお弁当が絶品!!

唐揚げにはレモンをかけ、エビフライにはソースをかけて食べたよ!!と母に自慢すると笑われてしまいました。

一月校ではほとんど緊張を感じませんでした。

市川は合格を頂きました。

そして渋幕!震える手で母とボタンをタップすると…合格の文字が目に飛び込んできました。

嬉しすぎて何も声が出ず興奮した目で画面を見つめていました。


渋幕が終わってからは現実感のない一週間を過ごし気づけば2/1でした。

いつも通り朝ごはんを食べて家を出発。ここでもあまり緊張は感じず渋渋を受けに行きました。

やっぱり渋谷の学校なだけあっておしゃれだなー、せっかくなら幕張じゃなくて渋谷に通いたいよなー

と呑気に考えていたことを覚えています。

試験はあっという間に終わりまた気づいたら2/2の朝でした。

ここで事件が起こります。学校に行く、国語の試験が始まる、までは良かったのです。

別に忘れ物もなく普通にテストを受けていました。

しかし30分ほど経って何かおかしいと思いました。具合が悪くお腹が痛くなってしまいました。

今までの緊張が溢れてしまったのだと思います。

 

不安と痛みで脂汗をかいてしまうほどできっと青白い顔をしていたと思います。

耐えきれず手を挙げてトイレに行きました。

綺麗で優しそうなお姉さんが心配そうな顔で連れて行ってくださりそれだけで少し安心できました。

トイレから出るとお姉さんに「体調大丈夫?」と聞かれ、その優しさに気を抜けば泣きそうになってしまいました。

お姉さんは茶色い封筒を持って私を別の教室へと案内しました。

 

ついていくと教室に2人試験を受けている子がいてドアには一時退席者用特別試験室と書いてあり、

黒板には私の受験番号とその横に14分と書いてあるのを見つけ、時間を止めていてくれたんだと気づきました。

お姉さんは茶色い封筒からいつのまにか回収してくれていた私の筆記用具と問題と解答用紙を取り出し

渡してくれました。

 

しかしそこでもう一度お腹が痛くなってしまい、トイレに行ってもいいですかと聞くと先生が

「時間はいくらでも延ばせるからゆっくり行ってきて大丈夫よ」と優しく言ってくださりとても心強かったです。

おかげで残りは全ていつも通り解くことができ、国語も解き終わることができました。

結果は2/1、2/2ともに合格。画面に表れる私の受験番号を現実感のないまま見つめていました。

学校に行き合格通知書を頂き、あ、ほんとに私受かったんだ、と思いました。

私の中学受験は全勝という形で幕を閉じました。

算数を得点源にして合格できたことは本当に熊野先生のおかげです。

熊野先生に指導していただいて本当に良かったね、人生の宝物になるね、と母と話しております。

中学高校でも先生に見ていただきたいという欲望と感謝の気持ちでいっぱいです。

 

熊野先生との出会いが、塾の拘束時間の効率の悪さに気づくきっかけとなり、

自分で解説を読み、分からなけば質問。間違えたところはひたすら復習。

というシンプルですが1人で勉強を進めていける力がいつのまにかついていました。

 

中学校へ進学しても、自ら調べ、自ら考えて楽しく勉強に励み、これからも夢に向かって歩み続けます。
本当にありがとうございました!!
 


<熊野より>

Sさんのお母様からは6年生6月にお問い合わせいただきましたが、
定期指導の空きがなかったため、不定期指導の形で受講していただく形となりました。

志望校は渋渋でしたが、4月の合不合判定テストは算数偏差値52(渋渋ボーダーは65~66)、
6月のサピックスオープンも算数偏差値52(渋渋ボーダーは62~63)で、
当初は正直、志望校変更も検討する必要があるのではないかと思っておりました。

 

ただ、実際に授業を開始して応用レベルの課題を実施してみると、
数論分野は渋渋の合格水準(目安となる数値)を30~35%下回っていましたが、
文章題と図形は15~20%下回る程度で、数論分野を中心に強化すれば
最終的に渋渋のボーダー付近まで改善できる可能性もあるのではないかと感じました。

 

また、当初は自習課題(宿題)として『プラスワン問題集』を予定していましたが、
初回授業で想定以上に実力があることが分かりましたので、

予定を変更して『中学への算数』(日日の演習)を早速開始していただくことになりました。

 

『中学への算数』の確認テストでは、初回こそ平均を下回りましたが、

2回目以降は平均を下回ることが少なく、最終的には『中学への算数』を3年分完了して

入試本番までに何回も反復するなど、私が提案した以上の取り組みをしていただきました。

模試の結果も、9月の合不合判定テストは算数偏差値71、12月のサピックスオープンは算数偏差値65、
学校別模試(渋渋、渋幕)でも算数でボーダーに近い結果が出るようになり、
特に数論分野では大きな改善が見られました。

Sさんの通っていた私立小学校は内部進学率が非常に高く、
その環境で中学受験の勉強を継続する難しさもあったと思います。

 

お母様もSさんが出遅れていた中、SNS等で不安を煽られる情報も多く目にされて

いたかもしれませんが、一貫性を失わず、必要な対策を継続・徹底していただいたことが

最終的な成功に結びついたのではないかと思います。

算数に関してだけでなく、受験全般についてもご提案した内容を毎回すぐに実践していただき、

また最後まで継続していただいたことを感謝しております。
ありがとうございました。
 

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